大学を卒業後すぐ小学校教員に。朝から1時間早く学校にきて、職員室の掃除やお茶汲みをさせられる日々。会議が20時から始まることも普通の毎日。

大学を卒業後すぐ小学校教員に。朝から1時間早く学校にきて、職員室の掃除やお茶汲みをさせられる日々。会議が20時から始まることも普通の毎日。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
小学校にて教諭をしておりました。

【当時の住まい】
賃貸アパートで一人暮らしをしてしました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
小さい頃から教員に憧れており、教育学部のある大学に進学し、そのまま教員になりました。
中学校時代に担任の先生に憧れて、その先生の様な優しい熱い先生になりたいと夢見ていました。

【環境と仕事内容】
小学校で一年目に2年生の担任を持っていました。
1クラス40人ほどおり、荒れている生徒も多かったです。
低学年では音楽の専科の先生もおらず、自分で全教科を指導しておりました。
土日は基本的に休みでしたが、たまに地域の活動などで出勤する必要がありました。
保護者もクレーマーが多く大変な地域での勤務でした。
給与は一般的な公務員とほぼ変わりません。

【大変だった時期】
最初の一年目がとても大変でした。




【大変だったこと】
私の職場で大変だったことは、とにかく職員の人間関係が悪かったことです。
保健室の先生が朝から大きな声で色んな教員の悪口を言っており、それに同調する教員もいるなどして、とにかく雰囲気が悪かったです。
また、初任者だからといって、朝1時間早く学校に来させられて、お茶汲みや職員室の掃除、旗揚げなどをやらされていました。
年齢層が高く、女性も多かったため、管理職もなかなか注意等ができず、悪い体質がずっと改善されずにいました。
ですが当時は社会人の経験がなかったため、それが当たり前と思っていましたが、今考えるととても異常なことが多かったように思います。
残業代もでないにも関わらず、毎日4時間ほどの残業を強いられていました。

【大変だった期間】
2年間、その学校で働いている間は続きました。




【当時の心境】
社会人一年目でなにもわからず、目の前の事を必死にやっていましたが、先輩の先生方にもお世話になっているので、何も言えず、おかしいと思いながらも雑務をこなしていました。
保護者のクレーム対応に追われ、子どもたちと過ごす時間も笑顔が減っていきました。

【職場が大変だった原因】
特定の人物が悪口好きなことが原因だったように思いますが、その職場で長く働いている人が幅を利かせていて、みんなが息苦しく過ごしていたことも原因だったかと思います。




【仕事で良かったこと】
子供たちと過ごしている時間はとても楽しかったです。
休み時間に一緒に過ごす時間や、授業を通して子どもたちと関わる時間は至福でした。
素直な子どもたちが多く、特に算数の時間には子どもたちが学習内容を理解してくれるのが楽しくてしょうがなかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
初任者の時に、日頃から学年主任の女性の先生が会議を20時ごろから始めようとすることが大変苦痛でした。
その時間までは当然帰れませんし、その会議が始まってからも長い時間拘束されることを強いられており、とても嫌でした。
途中から時間をくぎって帰るようにしていましたが、勝手に自分のいないところで勤務時間外に会議を進められ、輪から外されてしまった経験がとても辛かったです。
いまでも思い出すとイライラが止まりません。
管理職等に相談をしても何もしてくれませんし、他の先生達も見て見ぬふりをしていました。
その学校での勤務が長い先生が多い中で、声をあげづらかったこともあるでしょう。
他の若い先生も理不尽に勤務時間外に仕事をさせられることが多かったです。




【相談した人・助けてくれた人】
同じ学年を担当している女性の教諭によく相談をしていました。
日頃からなにか困ってることはないか話しかけてくれてとても助かっていました。
また、他の学校に勤めている同期ともよく困った際に連絡を取り合っていました。

【改善のための行動】
とにかく時間で区切りをつけて、帰れるように作業、相談をしていましたが、学年主任はそんなことはお構いなしで自分のペースで仕事を進めていました。
同じ年に来た先生達とは協力をしながら、少しずつ改善がされるように管理職等に相談しました。




【現在の状況と心境の変化】
それから四年経ちました。
その後は高校や、中学校で教員をしておりました。
そこではあまり理不尽な時間外労働もなく、とても良い人たちに囲まれて仕事をすることができ、満足していました。
保護者のクレーム等も小学校ほど多くはなく、子ども達も自立していて気持ちよく仕事ができていました。
しかし、小学校での楽しかった経験は何にも変え難く、またぜひやってみたいなと思います。

【学んだこと】
とにかく他の職場ではどうなのか、一般的にはそれは異常なことではないのか、知ることが大切だということです。



【当時の自分へのアドバイス】
当時の自分の立場からすると声をあげづらかったかと思うけれど、我慢するしかなかったと思います。
しかし、教員という仕事は人が流動的なので、いつか違う人達と仕事できる時が必ずきます。
だから今は諦めずに目の前の子どもたちといる時間を大切にして欲しいです。
毎日笑顔で子どもたちと接することが大切だと思います。
頑張ってください。