【特別支援学校】熱意を持って就職したものの、あまりの特別支援への認識の差に壁にぶち当たりまくった初任校での話

【特別支援学校】熱意を持って就職したものの、あまりの特別支援への認識の差に壁にぶち当たりまくった初任校での話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】
中学校特別支援学級

【当時の住まい】
賃貸アパートで一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
教員採用試験に合格しなかった中で、ある都市部の教育委員会が来校し、臨時採用の面接をしてくれました。
教員ができればどこでもよかったのですが、特別支援に対する支援制度の厚さを知り、こちらで教員ができればと思い、採用面接を受けました。

【環境と仕事内容】
中学校の特別支援学級に所属していました。
2つの小学校から持ち上がるので1学年あたり200人位の生徒がいました。
部活は吹奏楽部の副顧問で、特別支援学級のための部活動も兼任していました。
各学年に問題児が数人いるだけで、比較的落ち着いた学校です。
保護者とは私は円滑に接することができ、モンスターペアレントに遭遇することはありませんでした。
休日は部活で潰れるのでほとんどありませんでした。

【大変だった時期】
23歳で臨時採用となったが、特別支援に対する他の通常学級の教員との熱意の差があり、問題が起こる度に衝突が起こった




【大変だったこと】
特別支援学級と通常学級の認知の差があり、問題が起こるととても嫌な顔をされました。
通常学級の生徒にいじめられることが多く、嫌がらせもたくさん受けてきたのですが、職員会議などで話題にすると途端に面倒臭そうな顔をされます。
また、該当学級の教員に事実確認を求めるとあからさまに「はぁ?」と嫌そうな顔をされ、もやもやしたまま終えることもありました。
一番きつかったのは、生徒が飛び出して行ってしまった時にスマホを置いてきてしまい、学校と連絡が取れませんでした。
一瞬捕まえてまた逃してしまったのですが、そのことで教頭に「捕まえた時に公衆電話などで電話できなかったのか!」と怒鳴られたのですが、発達障害のある暴れる子ども片手に電話なんてできる訳もなく、言っても理解されないのでひたすら謝り続けました。

【大変だった期間】
初年度6月くらいから顕著に現れました




【当時の心境】
部活動が楽しかったし、私のことを好いてくれる生徒ばかりだったので通勤することは苦ではなかったです。
臨時採用ということもあり、いつまで出来るかという不安もあり、これからこの子達はどうなるのかという心配もありました。

【職場が大変だった原因】
特別支援に対する理解のなさが原因だと思います。
理解のある教員もいましたが、「習ってきたのでは?」と思うくらい理解が全くなく、教育委員会の言っていたことが嘘のように感じました。




【仕事で良かったこと】
秋くらいから本格的に部活動で指揮を務めることになり、毎日演奏の向上のために勉強していました。
演奏会でその成果を出すことができると達成感に満たされてとても楽しく感じました。
そのため、土日が部活で潰れても嫌な気持ちになりませんでした。




【特にひどかった最悪の出来事】
飛び出し癖のある生徒が、放課後に施設のお迎えが来る前に飛び出してしまいました。
私は急いで追いかけたのですがスマホを忘れてしまいました。
何度か捕まえたものの、すぐに手を解きまた逃げられてしまい、連れ戻すことができませんでした。
他の教員たちも探してくれたのですが見つからず、偶然通りかかった同じ学級の上司の車に乗せてもらい、学校に戻りました。
戻ってきた時に他の教員に謝らなかったこと、スマホを忘れていったことに教頭が怒り、「なぜ謝らない!なぜ連絡手段となるものを持たない!捕まえた時に電話を借りて連絡出来ただろう!」と職員室で怒鳴られました。
結果として生徒は夜中に学校に来て、児童相談所の職員に引渡しました。
私は各学年の学年主任のところにいき謝罪をしたのですが、「あれはやりすぎだよ、言い過ぎだって言っておくから」と言ってもらい、心が軽くなりました。




【相談した人・助けてくれた人】
伯母が教員をしているので、実家に帰った時に「こんなことがあって」と相談ひていました。
的確なアドバイスをしてくれて、特に「若い先生がからかわれるのは中学校ではよくあること、かまって欲しいんだよ」という言葉が1番よく覚えています。

【改善のための行動】
上司にとことん提案をしました。
別の学年の教員に言われた「あなたが守らなければ彼らは誰からも守られない」という言葉を胸に、生徒たちがどうすれば学校生活を楽しめるかを提案し続けました。
その中でも合唱コンクールを支援級だけで出場するというのは子どもたちにも有難かったことだったと思います。




【現在の状況と心境の変化】
臨時採用の話が来なかったため、転職してアパレルで販売業をしています。
教員免許の更新制が廃止されたことで、免許が生き続けるのですが、教員には戻るつもりはありません。
その代わり、障害児と関われる放課後等デイサービスに就労するつもりでいます。
学んできたことや実践したことが生かされるのではないかと思い、早く就きたくてうずうずします。

【学んだこと】
子どものために何ができるかを考えると、必ず壁にぶち当たり、嫌な目もされるが結果として子どもが喜ぶことになる



【当時の自分へのアドバイス】
自由にやらせてくれた(ゆるかった)クラスだったので、そのテンションのまま行ってしまうと必ずどこかで衝突が起こる。
でもそれが生徒のためと思うならとことんやらなければならないし、信念を曲げることがあってはならない。
一生懸命やっていることは必ず誰かが見ていて認めてくれるので、やれるだけやってみて判断しなさい