【小学校教員】置かれた環境が自分に合っていなかったが、家族の支えのおかげで乗り越えられた話

【小学校教員】置かれた環境が自分に合っていなかったが、家族の支えのおかげで乗り越えられた話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】


【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
私が小学1年生と3年生の時の担任の先生への憧れ。
叱る時にはしっかり叱る、そして褒めるときにはしっかり褒めてくれる先生で、私もそんな先生になりたいと思ったから。

【環境と仕事内容】
1学年3クラスの中規模校の3年生の担任。
体育、音楽以外の国語、算数、理科、社会、道徳、学活、総合は自分で教えていた。
その学校では怖いと有名な50代男性の主任の先生と30代の女性の先生の3人で3年生を担当していた。
また金管バンドというクラブ活動のサブ顧問もしていた。
練習は、毎週木曜日の放課後と土曜日にあった。

【大変だった時期】
大学新卒で教師になり、初任が特に大変だった。




【大変だったこと】
大変だったことは2つある。
1つ目は、人間関係。
私が赴任した当時は、固いベテランの先生が多く、職員室の雰囲気も重苦しく、気軽に雑談ができる状況ではなかった。
また、私も自分から積極的に話しかけるタイプではないので、1日誰とも会話せずに帰宅、なんてことも多くあった。
そして主任の先生が、気持ちに波がある方だったので、「今は話しかけても大丈夫か。」などと気を遣うこともしんどかった。
2つ目は、金管バンドのクラブ活動。
毎週木曜日に練習があったため、木曜日の放課後は自分のクラスの仕事(事務作業)ができなかったことがしんどかった。
当時の私は初任だったので、効率よく仕事を回す方法などが分かっていなかったため、自分の仕事が終わっていないのに、金管バンドの指導を優先しなぇればならないこと自体が負担だった。

【大変だった期間】
人間関係は1年間。
金管バンドの仕事は担当が外れるまでの3年間。




【当時の心境】
とても辛かったし、しんどかった。
しかし、このしんどさは一生続かない(1年で終わる)、と自分に言い聞かせ、前向きに仕事に取り組んだ。
また、クラスの担任をしていたら職員室に戻らなくても自分のクラスで仕事ができるので、そのことも仕事に前向きに取り組めた要因だと思う。

【職場が大変だった原因】
自分自身が新卒で自分なりの仕事のやり方が身についていなかったことと、若い先生に金管バンドの担当を有無を言わさずさせる、上の先生の考え方。




【仕事で良かったこと】
子どもの成長を間近で見られること。
子どもと共に笑ったり、楽しんだりできること。
また、そのクラスが解散する際には、感謝の手紙や言葉をもらったりしたので、今まで諦めずにやってよかった、という達成感につながった。




【特にひどかった最悪の出来事】
主任の先生に子どもがいる前で怒鳴られたこと。
掃除時間に主任の先生が黒板消しクリーナーの中にあるスポンジを洗って、乾かしていた。
その時に、私のクラスの黒板掃除の子どもが、黒板消しクリーナーを使いたい、と相談してきた。
私は「濡れていても大丈夫。」だと思い、濡れているスポンジを黒板消しクリーナーの中に戻し、子どもに使えわせた。
黒板消しクリーナーを使うと、ブォーンという大きな音がするので、それを聞いた主任の先生が出てきて、私に向かって「それは今洗っているのだから・・・!!!!!」と怒鳴った。
多くの子どもがいたので、子どもたちからは心配された。
とても恥ずかしかった。
子どもの前で怒られたことが本当に嫌だった。




【相談した人・助けてくれた人】
家族の支えが救いになった。
母は私の愚痴を真剣に聞いてくれ、どんな時も「大丈夫。」と優しく声をかけてくれた。
また、出勤する際には、毎日車で向かう私を外に出て見送ってくれた。
このことから、家族、特に母の支えがあったからこそ乗り越えられたのだと思う。

【改善のための行動】
あった出来事を振り返らずに淡々と仕事をすること。
また、空気が重い職員室にはなるべく戻らず、自分の担当クラスで仕事をしたこと。
以上のように、自分なりの逃げ道を考え、それを実行していったことがよかったのだと思う。




【現在の状況と心境の変化】
それから5年経った。
職場は大変ではなくなた。
あの頃の悩みはなくなった。
その理由は、主任の先生が転勤されたことと、金管バンドの担当から外れたことが最大の要因である。
また、若い先生が多い職場へと変わっていき、気軽に雑談できる雰囲気になった。
楽しかったことやしんどかったことを気軽に話せる同僚ができたことが充実している要因だと思う。

【学んだこと】
どんなにしんどくて大変な環境でも、支えてくれる人(家族や同僚)がいることで乗り越えられる、ということ。



【当時の自分へのアドバイス】
3年後は楽しく仕事がでいているから、今はとにかく頑張れ、ということを伝えたい。
教員はどんなにしんどくても、大変でも、たった1年で環境がガラッと変わる可能性がある。
例え、担任したクラスの子どもと合わなかったり、同じ学年の先生と合わなかったりしても、1年後はその環境は変わる。
その時はしんどくても、そのしんどさは永遠ではない。