【高校教員】異動先で嫌な先生との出会い。自己肯定感も落ち、最悪な毎日でした。

【高校教員】異動先で嫌な先生との出会い。自己肯定感も落ち、最悪な毎日でした。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
高校 英語

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と祖父母と同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
高校時代、担任の先生に憧れて先生になろうと決めました。
臨時採用だったので、特にその学校に行きたかったという動機もなく、その学校で就職が決まりました。
子供たちと年齢も近いので友達のような感覚で楽しく仕事ができればと思いました。

【環境と仕事内容】
市立学校で英語教員として働きました。
県立学校が3校合併し、市立高校になったことから教員の数は100人程度でした。
教科は英語で部活はダンス部でした。
クラスも多く、スポーツクラス、理数クラス、特進クラス、普通クラスとありました。
子供たちはとても明るく、部活動に参加している生徒が多くいました。
副担だったので保護者と関わる事はあまりありませんでした。
土日休みでしたが部活があったので完全休みという感じではありませんでした。
給料は手取り19万程度でした。

【大変だった時期】
新卒で一年間高校で働き、2年目は異動になりました。
異動先の高校がとても大変でした。




【大変だったこと】
先生の人数が多いこともあり、誰に何を話したら良いのか迷うことが多かったです。
中学校から引き抜かれてこの高校にきた先生も多かったので、中学と高校の考え方の違いなどもあり、意見が合わないことが多かったです。
私は部活で副顧問でしたが、顧問の先生と馬が合わずしんどかったです。
顧問の先生は再任用の女性の先生で同じ教科の先生でした。
私の意見などは全く聞きもせず、自分のやりたいようにいかないととてもきつい言い方で責め立ててくるような先生でした。
他の業務があって部活動にいけなかったときは、私だけが顧問なの?と呼び出された怒られました。
普段は全く意見をきいてくれないくせに、困ったときだけ呼び出し、それに対応できないだろキツく当たるようなことがよくありました。

【大変だった期間】
辞めるまでの半年間くらいです。




【当時の心境】
毎朝起きるのがしんどかったです。
寝る前に、このままずっと眠っていたいなあと思いました。
当時臨時採用だったので、本当にこのまま続けていけるのか、一年は頑張って続けたほうがいいのか毎日悩んでいました。
自己肯定感が下がり、毎日が憂鬱でした。

【職場が大変だった原因】
部活の顧問の先生や、英語科でのプレッシャーが多くあったからだと思います。
その生活の中で私自身、英語の授業をうまくやっていける自信がなくなっていました。




【仕事で良かったこと】
子供たちの存在は私の中で大きかったです。
授業のときもそれ以外でも元気に挨拶してくれて、友達のように話す時もあり、楽しいと思える時間でした。
1人の生徒がとても懐いてくれて、休み時間ごとに職員室に会いにきてくれたことは嬉しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
文化祭のときに、ダンス部の発表でリハーサルがあったのですが、文化祭なので先生方はそれぞれ役割を与えられていたのでその業務を行っていてリハーサルには参加できなかったのですが、特に顧問の先生から時間なども伝えられてなかったので文化祭の業務にあたっていたところ、職員室に戻ると呼び出され、怒られました。
普段自分の意見は聞かないのに、困ったときだけ必要として思い通りに行かないとキツく当たるのはやめてくれと伝えると、もう来なくていい。
と怒られました。
その日の部活に行かずに授業の準備をしていると私の席にきてそのときの話をぶり返し延々と話されました。
結局文化祭の後部活の一年生が全員退部しました。
理由はその顧問にあったそうですが、その顧問の先生は認めずに文句を言っていました。




【相談した人・助けてくれた人】
最初は全く相談できませんでした。
時々友達や彼氏に愚痴る事はありましたが、仕事はそんなもんだよねというかんじで流してきました。
しかし、ある日彼氏に、そんなに辛いなら辞めてもいいんじゃないと言われた時に、辞める決意ができました。

【改善のための行動】
なんでも相手の意見を聞き入れない事です。
なんでも聞き入れてしまうと自分が辛くなるだけだと思ったので、こうゆう考えもあるんだなあ。
という程度でに聞き入れて考えすぎないようにしました。
その考え方である程度心が軽くなったこともありましたが、全部がうまくいくわけではありませんでした。




【現在の状況と心境の変化】
それから約半年たち、転職しました新しい職場は本当にいい人ばかりで、間違ってしまうことがあっても伝え方がとても優しく自分に余裕がある方が多いような気がします。
大変だと思うこともありますが、やりがいがあり、社員同士やパートさんも入れて、コミュニケーションがたくさんとれているので、前のようにストレスになることは全くありません。

【学んだこと】
余裕を持つことです。
みんな違ったみんないい。
この言葉を常に心に持って働いています。
自分が失敗することもあれば周りが失敗することもあるので、お互いカバーし合いながら高め合えるような存在であることが必要なんだと思いました。



【当時の自分へのアドバイス】
味方は周りにたくさんいたということです。
こんな相談しても困るよなと思い、職場の人には誰にも相談しませんでした。
しかし、辞めると決まってから、話して欲しかったと言ってくれる先生が多かったことにとても胸が痛かったです。
担任の先生や主任にもっと早く話していたらもう少し違う形で続けられていたのかもしれないなも思います。