【中学教員】大卒すぐの新人教員に対してパワハラセクハラアルハラのトリプルコンボをかます最低な先輩。先輩とも思いたくない。

【中学教員】大卒すぐの新人教員に対してパワハラセクハラアルハラのトリプルコンボをかます最低な先輩。先輩とも思いたくない。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
中学校の英語の先生

【当時の住まい】
村の教員住宅に一人暮らししていた。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
その他





【就職のきっかけと経緯】
教員採用試験に合格した後、その中学校に赴任。
赴任先は教育委員会が決めるので、自分で選ぶことはできない。

【環境と仕事内容】
全校生徒30人程度の小規模中学校。
職員は十五人ほど。
教科は英語、初任者なので最初の1年間は研修で学校を開けることが多かった。
小さい村なので、よくしてくれる人は本当に優しくしてくれるけど、癖が強い人はとことんひどい。
子供たちは素直な田舎者。
休日は全て部活に費やしていた。
1年目の初任給は約19万。
勤め始めて3週間ほどでこんなにもらっていいのかと驚いた記憶がある。

【大変だった時期】
大学新卒で教師になり、2年目から3年目が一番大変だった。




【大変だったこと】
小さい学校なので人間関係がとても大変だった。
自分以外の女性教員がみんな結託していて、全く仲間に入れなかった。
しかも、教職員組合への加入を断ったら、さらに居場所がなくなっていった。
学年団を組んだ相手も典型的なパワハラ野郎だった。
「俺は地域から認められているんだ」が口癖、さらに酒癖も悪く、酔った勢いでジーパンをビリビリに引き裂かれたことがある。
生徒からの評判も実はよくなかった。
女性教員からは仲間はずれにされ、学年団の担任からは嫌がらせを受け続けた。
年休(有給休暇)を使うやつはばかだ、みたいな洗脳をされた。
お酒が苦手な私に対し、「俺の酒が飲めないのか」を地で行く人だった。
本当は初任の学校は4年勤めるのが基本であるが、あまりにも嫌がらせがひどくて3年で転勤した。

【大変だった期間】
1年目の終わりから3年目で転勤するまで




【当時の心境】
幸いにも自分を理解して話を聞いてくれる人がいたし、生徒はそういう状況も理解してくれていたので、やめようとは思わなかった。
ただ、毎日「死ねハゲ」と思っていた。
当時はパワハラなんて言葉が一般的ではなかったので、先輩教員の嫌がらせに対しては泣き寝入りするしかなかったのが悔しかった。

【職場が大変だった原因】
他の女性教員を従えてあからさまな無視をしてきた超ベテランのおばさん先生と、ジーパンを引き裂いたパワハラセクハラアルハラ野郎のハゲのせい。




【仕事で良かったこと】
担当していた部活動が割といい成績を残していたので、他の学校から練習試合を頼まれたり、名前を認識してもらえたので、指導者として充実した時間だった。
また、初任1年目から選抜チームのスタッフに抜擢されたので、部活動の指導で成果を上げることができていた。




【特にひどかった最悪の出来事】
学級写真を外で撮ったときに、天気が良くて太陽が眩しく、ちょっと顔をしかめて写ってしまったのをつかまえて、「なぜこんな表情をしているのか、俺のクラスがそんなに気に入らないのか」と理不尽に怒られた。
太陽が眩しくて、と理由を言っても信じてもらえず、そこから仕事を与えられなくなった。
仕事のやり方を何も説明してもらってないうちから怒られた。
酔った勢いでジーパンをビリビリに引き裂いてダメにされた。
完全に裾から足の付け根まで裂いて、スリットが入ったようになった。
しかも両足。
お気に入りの若手とつるみ、こちらを見ながらこれ見よがしに悪口を言う。
他校の先生にありもしないことも含めて悪口を言われた。
これは全て一人のハゲによるもの。
今で言えば完全なパワハラ・セクハラ・アルハラ。




【相談した人・助けてくれた人】
公務補さんとその奥さんが親身になって話を聞いてくれた。
パワハラハゲの横暴は自分が赴任する前からだったようで、私の置かれた立場にも理解を示してくれたし、生徒もなんとなく空気を察してくれていた。
ついでに保護者も「大変だね」なんて庇ってくれていた。
助けてくれなかった他の職員は、私を省いてきた女性職員たちと、その言いなりになっていた若いオネーちゃんしかいなかった。
管理職は当てにならなかった。

【改善のための行動】
当時はハラスメントに対する意識もそれほど高くない時代だったことと、自分が若すぎて何の知識も持っていなかったので、結果的には何もできなかった。
ただ、生徒の前でしんどい顔だけは見せないようにしようと思い、学校では元気よくしていた。




【現在の状況と心境の変化】
17年経過しても、いまだに「死ねハゲ」と思っている。
遠くに転勤して管理職になったと聞いているが、どの面さげて管理職なんかできるんだ、と思っている。
私自身もこの学校から移動した先がとても楽しい学校だったので、今はもう「そんなこともあったな」と人に話すこともできるようになったけれど、それでもやっぱり「いつか痛い目にあってしまえ」とも思っているし、どうにかして失脚しろ、と思っている。

【学んだこと】
自分を守るために法律の知識はしっかり学んでおいた方が良い。
また、変に目をつけられないように、仕事早く覚え、きっちりとこなせるようになった方が良い。



【当時の自分へのアドバイス】
法律の知識を身につけておけ
泣き寝入りはするな
録画・録音などやられたことをしっかり記録しておけ
上司のみならず、教育委員会や教育局など、上の機関にできるだけ相談しておけ
一人で抱えるな
誰のために仕事をしているかを見失わないこと、生徒のため
しんどいかもしれないけど、生徒は慕ってくれるし、大人になってからも連絡をくれる子がいるから、腐らず頑張れ