【高校教員】教員2年目で底辺校を1人だけで担当。生徒はまともに授業を受けない。押し付けられたと思いその年で退職

【高校教員】教員2年目で底辺校を1人だけで担当。生徒はまともに授業を受けない。押し付けられたと思いその年で退職

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
26歳

【当時の職業】
高校数学

【当時の住まい】
実家から遠かったので近くにアパートを借りて一人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
大学院を修了を控え、教職で働きたいという希望があり公立の試験を受けたが落ちてしまったので私立学校をいくつか探していたらオファーがあったので面接を受けて採用された。

【環境と仕事内容】
高校で数学を担当していた。
私立の教学校で全校生徒が1500人以上はいるマンモス校で教員も100人以上はいた。
給料は1,2年目は20万円台後半だった。
当時は常勤講師と言う立場で、最初は2年契約と言う形でその後ステップアップしていく形態だった。
形式としては非正規社員と言うことになるのだろうが、健康保険は会社のものだったし、ボーナスは1年目の最初のボーナスを除き正規と同じ条件だった。

【大変だった時期】
26歳ごろ。
2年目が一番大変だった。




【大変だったこと】
先述した通り1500人もいるマンモス校だったので学力レベルに応じて複数のコースに分かれていた。
自分がいた当時は4つのコースがあった(今調べてみたら名称は変わっていましたがコース数は同じでした)。
4つのコースをすべて教えた経験があるけど一番上と一番下では明らかな違いがあって、上は有名大学を普通に狙えるレベル。
下はいわゆる底辺校で大学進学はおろか、中学生の数学も怪しいのがいるというレベルでした。
大変だったのは2年目で一番下のコースだけを担当し、かつそのコースはクラス数が少なかったのですべてのクラスを自分だけが担当することになり、他に同じコースを担当する教師がいなかったということです。
当然定期テストも1人で作ることになり、ほかのどの教師よりも多く作る羽目になりました(2番目に多い教師が自分の約半分です)。

【大変だった期間】
1年間です。
学校は1年で担当が変わるのでそこで終了しました。
転職をしたので担当しなくなりました。




【当時の心境】
大変でした。
一番下のコースはとにかく授業を聞かないからです。
もちろんちゃんと聞く生徒もいますが、勉強そのものが嫌いであり学級崩壊状態もめずらしくなかったです。
そんな状態だから成績も当然低い。
高校になると全国共通の模試がありそれを受けることになるのですが、偏差値は平均35未満が当たり前で、一番偏差値が高い生徒でも40台です。
もともと学力が低いクラスなので当然なのですが、そんな状況を知っているのに上からはもっと偏差値を上げろと言われました。
相当精神的に疲弊しました。

【職場が大変だった原因】
1人に大変なクラスを押し付けられた。
これに尽きます。
経験のために学力の一番低いコースをやらせること自体は正しいことなのでしょう。
でも程度と言うものがあります。
明らかに押しつけとしか言えませんでした。




【仕事で良かったこと】
上に書いたことがあった年については全くありませんでした。
とにかく早く終わってくれと言うのが実情でした。
仕事を辞めたとき一番うれしかったのは辞めたことでした。
強いてやりがいがあったと言えば、送別会の誘いを受けたときに適当な理由をつけて行かなかったことくらいです。




【特にひどかった最悪の出来事】
具体的なエピソードというのはありません。
というのはすべてが最悪なエピソードだったからです。
一人だけで一番成績の悪いコースを担当⇒成績が悪いので真面目に授業を聞けないのも多い⇒うるさいと注意しても聞かない、逆に口答えする⇒模試で成績が上がらないのループです。
なので教科書は使わずに自分でプリントを作り(一応高校の内容ですが、空欄を入れる形式を多用して「解けた気分」になるようには工夫した)何とかだましだましやっていました(おそらく高校数学は難しすぎるので中学の内容からやった方が良かったのではとも思います)。
そういう教材を作ると当然残業です。
いつも帰りが遅くなってしまいました。
なのですべてが最悪の思い出です。




【相談した人・助けてくれた人】
いません、他に担当コースを共有する教師がいなかったからです。
なので1年間は耐えました。
常に「今年で辞める」と念じていて実際に転職をしたのでそれが支えになったと思います。
他人は頼ってはいけないというのが感想です。

【改善のための行動】
いっぱい頑張りました。
教材を作成したことが一番の工夫です。
とにかく失敗をしてそれを修正するということを繰り返してきてきました。
あとはしゃべる量を少なくして注意も減らして静かにやることです。
騒ぐ人間は知ったこっちゃないと考えるのも作戦で須。




【現在の状況と心境の変化】
この年限りで退職しました。
契約満了が理由ですが、やめられてよかったと思います。
コースについては今もありますが、HPや口コミサイトを見る限りだとよくはなってるのかなと思います。
ただ今でも一番良かったことは「辞めたこと」です。
転職後は別の高校の非常勤講師になりました。
立場和よく悪くなりましたが、楽しくできたのでそこは良かったです。

【学んだこと】
ありません。
実際には何らかの経験や学になったと思います。
得たものもあったと思います。
ただあの時期は否定したいので「ない」と胸を張って答えます。



【当時の自分へのアドバイス】
教科書は使うなということ。
レベルが高すぎて使えません。
最低レベルの参考書を使って、最低レベルの内容がわかればいいんです。
大学進学なんか狙わさずに高卒で就職してもいいように簡単な内容にとどめさせる。
難しい内容をやらせたら余計に頭が悪くなる。
1年生が相手なら高卒認定試験の内容ができればそれでいいと割り切るべきです。
「自分1人だけがひどい目にあってる」とわかったら即やめろも重要です。